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2009/07/20

rocks n' falls

もう先月のことになりますが。

旅してきました。また。
いや、やっぱいいねぇ旅行ってのは。

Onos1 こんな景色があったりね。

仁王を湛えた高麗門の向こうには奇岩、そして霊峰。

和風なような、唐風なような。

Onos2 風雨にさらされつづけた灯篭の間を抜けて、伸びる道。

こりゃ賽の河原か、ロンダルキアか。

Onos3 奇岩の後ろにそびえる山の正体は、浅間山。

あの噴火の溶岩が固まってできた奇岩群が、ここ「鬼押出し公園」。

すごいね自然ってのは。

Hkrgk こんな不思議なものも群生。

その名も「光ゴケ」。

うぅむ確かに光ってる。
なんでも自ら発光するってわけではなく、差し込んでくる
僅かな光を集光して光ってるように見えるんだそうで。
時計文字盤の蓄光みたいなもんかな?

Srit1 こちらは自然の神秘な力。

マイナスイオンの代名詞、滝。

滝の周りって、ほんと涼しい。

Srit2 せっかくの「白糸の滝」なのに、シャッタースピードを
ミスって「糸」に見えないのはご愛嬌。

この泉は確かHP・MPが回復します。
試してないけど。
このブログを見ているそこの勇者、ざぶんと行っちゃいなYo。

次回は、人が作り出したものを堪能します。

今日の一曲:True colors/Cyndi Lauper

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2009/07/04

top oriented

マイケル・ジャクソンが亡くなりましたな。

世間では奇行だなんだと言われてるけど、彼の音楽の才能はハンパないよね。
ボーカリストとしての偉大さはプレスリーと並ぶアメリカの宝だったんじゃないかと。

We are the worldでのダイアナ・ロスとの天使ハーモニーをまた聴きたくなったり。

ずいぶん前、弘前城に行ってきました。
書き出しと全然関係ない話題で申し訳ないっす。

Hgsmn 子供の時に花見で何度か来たことがあったけど
オトナの目で見るとどんな風に映るのか。

東門から入城。

枡形も折れを持たせただけのシンプルなもの。
石材の少ない東国の城らしく、土塁で周りを固めます。

2hori 弘前城は当時の縄張りがほぼ完全に残ってます。

大抵は都市開発で本丸以外は住宅地、って
パターンが多いんだけど、ここは三の丸まで見事に
残ってて、3重の堀に囲まれた半輪郭型の縄張りを
堪能することができるんですよ奥さん。
これは二の丸堀。

Hgsutmn 二の丸堀を渡ると東内門に。

門もよく残ってて、現存門は5つを数えます。

これだけの保存状態を保てたのは…

田舎だからか?(笑)

Bnsho 東内門から二の丸に入ると、番所があります。

兵士の詰め所。

左奥はガレージになってますな。
有事の際にはここで軽トラに飛び乗って。
…車2台分程のこのスペース、馬繫ぎかな?

Ttmygr_2 二の丸を南に進むと、辰巳櫓が。

三層の櫓だけど、ちょっと形が変わってますな。
総二階の入母屋櫓に、一層の小さい櫓を乗せて、
ちょっとだけ望楼式天守のような。

三つの現存櫓は全てこの形式でした。

Htjsrygr 辰巳櫓から西に進むと、未申櫓が。

土塁の上に最小限の石積みをして建つ姿。

東国の城って感じだなー。

破風とかのデザインが微妙に辰巳櫓と違ってたり。

Otemn 一度二の丸を出て、広大な三の丸を経て追手門へ。
城の南端に当たるんで、参勤交代制度が始まってから
追手門に格上げされました。江戸に一番近い門。

土塁と塀で武装し、折れを持たせた男らしい門。

江戸期の城らしく、二階の壁には銃眼が並んでます。

Ktmn では元々の追手門はというと。
こっちの北門。弘前城最大の城門です。

なんで北側が追手だったんだろう?
築城当時、津軽氏最大の脅威は
盛岡の南部氏だったろうに。
蝦夷でも見てたんだろうか。

Ustrygr 北門から二の丸に向かうと、
弘前城三つ目の現存櫓が。

丑寅櫓ですな。

やっぱり櫓は外側、堀越しに限る。
ちょっとナナメから見るのがカッコイイ。

常人には理解できないであろう、
that's 萌えの境地。

天守だけが城ではないのです。

やたら広大で直線的、わりと単調な作りの三の丸に比べて、
二の丸・本丸はコンパクトで、折れや横矢を多様した実戦的な作りになってます。

縄張りの広さ、津軽氏の石高&兵力を考えると本丸~二の丸までが防衛ライン。
三の丸以降は城を打って出るときのためのカタパルトのようなもん。

こんな城を「陰陽の城」と言うそうで。
なんかかっこいいぞ津軽さん。

Kgt で、最終防衛ラインの本丸に入るには
こんな折れを持った虎口を通らないといけません。

なんかちょっとだけ千秋公園に雰囲気似てない?

あちらも東国城郭建築の雄、佐竹氏だからね、
名城に共通したオーラというか。

Tnsh ようやく天守へ。

本丸の堀は打込接ぎの石垣作り。
津軽氏がんばった。

弘前城天守はちっちぇーだの何だの言われるけど、
それもそのはず。

オリジナルの五層天守が落雷で焼失したあと、元々は櫓だったものを改装して
天守に仕立てたんですな。江戸幕府は天守再建の許可なんて出さないから。
だから「天守」と呼ばず、「御三階」なんて呼ばれたりもします。

ビッシリ並んだ小さい窓と、精一杯の破風に津軽氏の意地が見え隠れ。
この改装の許可を幕府から得るのだって大変だったろうからなー。

Tnsh2 天守を本丸側から見ると、直下の石垣だけ
切込接ぎになってるんで改装の跡が偲ばれます。

破風も無いし、ちゃっちぃなーとか言わないの。
この不恰好だけど大きく開く窓は鉄砲の煙抜き。
上の写真、表側の小さな窓は鉄砲狭間なんですな。
そうして見ると、カナリ実戦的な天守。

Yhzmisots 天守に入ってみると、より実感できます。

鉄砲狭間と石落とし。

まさに男の仕事場。

ちゃっちぃ天守なんてとんでもないぞ。

Kwrhs 鉄砲狭間から下乗橋を望む。
天守に登る人はこの橋で馬を下りたそうで。

防寒のための銅版葺き瓦がいい味。

津軽氏が小藩だったこと、北のはずれという
立地から、どうも地味な印象の弘前城だけど、
城郭遺構としては第一級だねこれは。

なんといっても関東以北では唯一の現存天守だし。
西国の城郭のような派手さはないけど、
通を唸らせる名城なんじゃないかと。

城郭知識があればあるほど、味わい深くなるであろう弘前城。
子供のころよりは色んなものが見えたけど、まだまだヒヨッコだな、私も。

今日の一曲:Black or white/Michael Jackson

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