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2009/05/28

尾張・三河・遠江探訪記~⑧

まだ行くよ。

関ヶ原から取って返して遠江へ。

Hmmtj またもや城のまん前に宿泊。

やってきました浜松城。

ホテルの部屋から撮影。
隣りは市役所、街の真ん中に城があります。
家康が住んだ街って今でもみんな栄えてるよね。

Hmmtjieys ここにも家康さんがいました。

りりしいねぇー。

やっぱ英雄は違うねぇ。

あちこちに銅像があるもの。

千秋公園にも作ろうぜ。

加藤夏希像。

いやいや、名君・佐竹義宣さんのを。
最近また秋田は佐竹家の統治になったんでしょ?いい機会いい機会。

Hmmtjisgk 市街地にある浜松城ですが、
石垣はとてもよく残ってました。

三河武士らしく硬派な雰囲気。

本丸しか残ってないのが残念。
二の丸に市役所建てちゃったもの。惜しい。

Hmmtjisgk2 天守台の石垣も荒々しい。

でもよく見ると。

角はきちんと算木積みになってます。

ほら、長い石を左右互い違いに積んでますな。

Hmmtjtnsh 質実剛健な石垣に支えられて建つ天守。

復興の模擬天守だけど、それっぽさがいいね。

内部は資料館になってて、ボランティアの
ガイドさんがものすごく丁寧に案内してくれます。
このガイドさんたちがまた素晴らしい。

ガイドさんにね、ちょっと聞いてみたんですよ。
武田ファンが浜松城といえば思い出すのが三方ヶ原の戦い。
ところがこの戦いってのは詳しい戦場がどこだったかまだ分かってない。
でもこの城のほど近く、犀ヶ崖というところで小さなゲリラ戦があった
ということは確認されてるんですな。

そこにどうやって行ったらいいですか?と聞いたらね。
併設されてる資料館のパンフレットを引っ張り出してきてくれたり、
駐車場の有無をアドバイスしてくれたり、もうガイドさん総出で対応してくれて。
あったかいじゃないか浜松人。

Mktghr んでやってきたのが三方ヶ原古戦場の犀ヶ崖。

家康唯一の敗戦と言っていい合戦でしょう。

武田信玄は強かった。

でもここ犀ヶ崖で奇襲をかけて一矢を報いたのです。

Siggk 夜討ちをかけられた武田軍は、
次々とこの崖下に転落していったとか。

資料館のガイドのおじいさん曰く、

「三河武士の意地!」
なるほど。

寄合所のような小さな資料館はほぼ貸切で、ガイドさんは私にマンツー。
三方ヶ原合戦をビデオとジオラマで丁寧に説明してくれました。
ルーティーンの説明が終わったあとも、武田軍の進路についてとか語ったり(笑)

Ung しばらくあれこれ話して犀ヶ崖を後に。

そして浜松のシメは。

やっぱウナギだよねー。

こうなりゃもう徳川も武田も関係ないよねー。

と、いいつつ。

次は徳川・武田が激しい争奪戦を繰り広げた、あの城へ。

マニアックすぎて、興味ない人が見たら火傷するぜ。

今日の一曲:Good old fashioned lover boy/Queen

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2009/05/26

尾張・三河・遠江探訪記~⑦

信長が天下を睨んだ岐阜城を後にし、一足飛びで天下分け目の地へ。

関ヶ原古戦場にやってまいりました。

Skghrieysjn1gkn 国道21号線沿い、桃配山という小高い山に
東軍総大将、徳川家康は最初に陣を敷きました。

隣りはガソリンスタンドという好立地。
家康の大排気量マシンでも安心。

岡崎ではプリウスに乗ってたらしいけどね。

Skghrieysjn1 階段を登るとこんな石碑が立ってます。

傍らには家康が座って作戦を練ったという
巨石もありました。まっ you too bad だけど。

ここで布陣して戦局が有利に傾くと、さすがは
機を見るに敏な大御所、陣を前進させます。

Skghrieysjin2 ぐぐぐっと進軍したは関ヶ原駅前、
老人福祉センターのすぐ近く。
さすがの家康も老後の不安が頭をよぎったか。

ここが家康最後の陣跡。
戦後の首実検もここで行われました。
隣りには関ヶ原歴史民族資料館がありました。

家康最後の陣から少し北西へ進むと、そこは関ヶ原合戦の激戦地。

Skghrksnt ここが決戦地とされています。

西軍総大将、石田三成の陣は目と鼻の先。
突破を試みる東軍、必死でしのぐ西軍。
東西軍のノボリがたなびく音。

鬨の声が聞こえそうで…聞こえない。

たぎる血潮。

赤備えの井伊隊、いざ前へ。

Skghrksnt2 あれ?ちがうか。

赤い車というのは便利で、関ヶ原では井伊直政、
甲斐・信濃では飯富虎昌&山県昌景、
大阪城では真田幸村隊に編入されます。

メーカーはカタログにオプション機能として載せるべきだ。

決戦地を突破し、向こうにそびえる笹尾山へ。

Skghrmtnrjnent 石田三成の陣は幾重もの馬防柵に
守られていたといいます。

えらい整備されてんじゃないの。

最近の研究で三成の評価は見直されてきて、
さらにゲームやらの影響でその人気はうなぎ登りらしい。

Skghrmtnrjnsk もしも家康が大垣城攻めを行っていたら。

もしも小早川が裏切らなかったら。

もしも毛利勢が動いていたら…

どれか一つでも if が叶えば、歴史は変わっていたかも。

Skghr 笹尾山から関ヶ原を望む。
いっぱいに布陣した東西両軍を見下ろして、
彼は何を思っていたんだろう。

決意、いらだち、失意。

どの if を願って戦況を見つめていたんだろう。

Skghrmtnrjn でも、どの if も叶わなかった。

知略の名将、三成はここに陣を敷き、
そして敗れました。

その決着まで要した時間、わずか半日。
天下分け目の決戦は、あまりにもあっけない幕切れ。

Skghrmtnrjnkidn 4月の終わりだというのに、
なぜかここだけ桜がまだ残ってました。

散った花びらが地面を覆いつくしてて…

なんだか切ないね。
流れ星銀でいえば紅桜だね。

次回は、勝った家康さんにお呼ばれされて浜松へ。

今日の一曲:Wild horses/Rolling stones

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2009/05/24

尾張・三河・遠江探訪記~⑥

コートダジュールの華やかなクルーザー群には目もくれず、岐阜城の続き。

Gfjitnmn ロープウェイを降りて、いよいよ登城開始。

一の門です。

切り立った山肌を縫うように石段が。

日差しは強いけど木々のお陰で涼しかったなぁ。

Gfjsnnrhtn 石段が…

この写真奥の方は崖になってます。
信長の岐阜城攻めの際、秀吉が小勢で
崖を登って城内に侵入して、ここから瓢箪を
掲げて味方に合図したと言われてます。
秀吉の馬印、千成瓢箪の発祥ですな。

Gfjbb_2 突然たいらな場所に出ました。

馬場として使われていたようで、岐阜城で
唯一の平坦な場所だそうです。

他にたいらな場所が一つとしてないって…
ニュルブルクリンクかよ。

Gfjbkktnb 二の門を越えるとすでにこの展望。

山腹に見える櫓は、武器庫を模して
作られた資料館です。

岐阜城関連の資料が展示されてるけど、
ほとんど複製。残念。

Gfjid2 岐阜城が難攻不落と言われた所以は城内に
こんな井戸が複数あったからと言われてます。

水の手が城内にいくつかあったため、
長期の篭城戦にも持ちこたえられたと。

こりゃ攻めるほうはやっかいだわ。

Gfjtnsh やっとたどり着きました、岐阜城天守。

昭和に再建され、平成の大改修を経て
ぴっかぴかにキレイです。

勇ましいなー。
こんな山上にこんな美麗な城が。

Gfjisgk2 天守台の石垣。

もちろん野面積み。

古武士のような剛健さ。

板張りの天守壁とナイスマッチング。

Gfjtnb 山城の魅力をたっぷりと堪能。

道三、信長も見下ろしたであろう
城下の展望を楽しみつつ下山。

帰りのロープウェイは自分のクツを
見つめる作戦で見事克服。

さぁーまだまだ続くよ。
次はあの古戦場の模様を。

今日の一曲:Black mountain side/Led Zeppelin

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2009/05/21

尾張・三河・遠江探訪記~⑤

タイトルは尾張・三河・遠江なんだけど、よく考えたら今日の舞台は美濃でした。
まぁいっか。

犬山城を背にして木曽川を渡ると、そこはもう岐阜県。
尾張を制圧したら美濃へ向かうのは400年前からの鉄板コース。

目指すは岐阜城。
かつては稲葉山城と呼ばれた難攻不落の名城へ。

あ、そういえば城の形態についてですがね。
その立地条件から大きく分けて3つのカテゴリーがあります。

まず平城。
平和な江戸時代になってから多く見られる形態で、まんま平地に作ったもの。
高い石垣や土塁と、大規模な堀で防御力を高めてます。
先日紹介した名古屋城や、江戸城、大阪城などが平城の代表ですな。

そして、平山城。
平野のなかの小高い丘や小山に作られたもので、石垣や堀に加え、
傾斜や谷など、自然の地形をうまいこと使って防御力を高めてます。
岡崎城、犬山城、東北では仙台城や千秋公園の久保田城なんかも平山城です。

最後に、山城。
これは山一つ(あるいは複数)をそのまんま城にしたもの。
鎌倉時代とかの砦の進化形みたいな感じで、尾根をたいらに削って曲輪を
作ったりして山まるごと要塞のような。

で、今回の岐阜城はどのカテゴリーに分類されるかというと。

Inbym 見えますかぁみなさん。

さぁどのカテゴリーかなー。

…最初見たときはね、冗談かと思いましたよ。
なんだってあんなとこに城を建てたんだと。
ドッキリじゃね?みたいな。

標高329mの金華山に築かれた岐阜城は、言うまでもなく山城ですな。

Inbym2 ふもとまで来てみたらね、この傾斜。

ものすごく切り立った岩山のようです。
小説とかで岐阜城は堅固で難攻不落、
なんて読んでたけど、来て見て納得。

やだもん、あそこまで行くの。

とはいえ、昔の人達も普段からあんな展望台に住んでた訳じゃなくて、
有事のとき以外はふもとの屋敷に住んでたんですな。

Gfjnbngykt 金華山のふもとは公園に整備されてて、
その一角に信長の居館跡があります。

再建された入口の門。

当時はこんな門ではなかったと思うけど、
なかなかいい雰囲気ですなぁ。

Gfjnbngykt2 石段を登るぜ。

是非もないが息は切れるぜ。

ルイス・フロイスが書いた「広い階段」かな?

新緑がきれいですなー。

Gfjnbngyktis 出ました、権力者の象徴。

でっかい石。

これは当時のまま発掘されたものらしい。

風流を理解した信長の趣味が偲ばれます。

Gfjisgk 意図的に屈折させて積み上げられた石垣。
入角と出角、なんて名前だそうです。

防御力を高めるほか、石垣にかかる力を
分散させて崩壊を防ぐ目的もあるそうで。

萌え…

Gfjsir 当時の水路もよく残ってました。

こういうの見ると、栄えてたんだろうなぁ、
って想像がふくらみますなぁ。

遺跡の哀愁ってたまんないね。
クセになるね。

信長居館跡をうろうろしてたらクマバチがホバリングでとうせんぼ。
ちくしょーもういいよ、さぁ城だ城だ。
でもこんな山登ってられっか、ということで。

Gfjsnjnt ロープウェイをチョイス。大人の選択。

だってこの傾斜。
景色だって絶景だよ。

私はずっとつり革を見つめてたけどね。
怖くて下なんて見れるかっつーの。

今回はひとまずこの辺で。
次回、岐阜城まさかの第2部突入であります。

今日の一曲:I wanna take you higher/ver. Duran Duran

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2009/05/18

尾張・三河・遠江探訪記~④

名古屋城大手門前のホテルで目覚めた二日目の朝。
展望レストランで天守を眺めながら朝食を済ませると本日の攻城へ。

日本には、築城当時の天守閣が現存している城は12個しかありません。
江戸期の一国一城令、明治の廃城ムーブメントで、そこまで減らされました。

その12個の中でも、特に歴史的・文化的に価値が高いとして
国宝に指定されている天守はというと。

わずか4つ。
姫路城、松本城、彦根城、そして今回のターゲットである犬山城。

Inymjent 私にとって、最後の国宝天守攻城。
ついに4天守コンプリート。わーい。

やってまいりました犬山城。
国宝の文字が誇らしげに刻まれてます。

興奮を隠せない模様。

犬山城は、天守以外の遺構はそんなに多くありません。
姫路城等のようにいくつも門をくぐって通路を巡って、ってことはないの。

Inymjisdn しかし江戸期に築かれた他の城と違い、
戦国時代真っ只中に築城された犬山さん。

古風で実戦的な雰囲気の石垣は野面積み。

小高い山上の本丸までの道は、そこかしこに
防衛思想を感じさせる硬派な雰囲気。

Inymjmn 小規模な城なので、すぐ本丸門に到着。
この門は再建です。

入城料は500円。
併設の文化資料館にも入れます。
係員のおっちゃんがまた人当たりのいい人で。
資料館の場所も親切に教えてくれました。

お礼を言って去り際、

「今日は子供達が社会科見学で来とるで、少しうるさいけど堪忍してなぁ」

岡崎城での苦戦再び。
よりによって何でこの時期みんな城に来るんだよー(笑)

Inymjtnsh 気を取り直して、いざ天守へ。

かっこいい。

なんとも言えない奥ゆかしい佇まい。

そして現存天守では貴重な望楼型の天守。
望楼型ってのは、2~3層の館の上に小さい櫓を乗せたような形の天守。

ちなみに、名古屋城のように上階にいくにつれて規則的にフロアが
小さくなる形式を層塔型天守というんですよ奥さん。

Inymjtnsh2 天守に近づいてみました。

画面右側、付櫓を持つ凝ったデザイン。

こじんまりとしてるけど、威風堂々。

現存天守のオーラ。

Inymjtnshinsd 内部。

いやぁ…

いい。

ひんやり涼しいのも城ならでは。

Inymjtnshjdnm 城主がいた「上段の間」。

バギッと書院作り。

ここだけ天井もスペシャル仕様でした。

ここで謁見してぇー。

Inymjtnb 最上階からの展望。

眼下の川は木曽川。

天然の堀として機能していたんですな。

小牧・長久手戦の秀吉になった気分で。

Inymjksgw 犬山城と言えばこの絵。
木曽川対岸からの眺めの素晴らしさで、白帝城なんて呼ばれたりします。

三国志の劉備が息を引き取った、中国の白帝城を思わせる景観から名付けられたとか。

しかし、いいロケーションを見つけて築城したもんですなー。

Msksmn すっかり満足すると腹がへってきました。

ここは尾張と美濃の国境。
美濃へと旅立つ前に尾張名物で腹ごしらえを。

味噌煮込みきし麺。
うまいねぇ名古屋メシは。

さぁ、次は美濃。
斉藤道三、織田信長ゆかりの地を訪ねまする。

今日の一曲:Concerto for 2 violins BWV 1043/J.S.Bach

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2009/05/14

尾張・三河・遠江探訪記~③

まだしばらく続くよ。
腰痛くなるまで回ったんだもの。

Okzkjken 今回は岡崎城。

国道1号沿いなんていう立地なんで、
あまり遺構には期待しないで行ったけど
なかなかどうして。

堀と石垣が残ってていい雰囲気。

Okzkjotmmn 再建された大手門がそびえます。

かつて三河の国府だった岡崎。

桶狭間の激震によって、今川家の
人質生活から開放された家康が
入城した岡崎城へ、いざ。

…と気合いを入れて門をくぐったものの。

岡崎城公園にはお子様たちの絶叫が響きわたっておりました。
どうやら地元中学校?の生徒たちが写生大会で各曲輪を占拠。
鶴翼の陣を布いている模様。

Okzkjhndtdkt ならばこちらは魚鱗の陣で望むまで。
さっそく大将首発見!
徳川四天王の一人、本多平八郎忠勝ぞ。

…なんでナナメからの撮影かって?
だってまん前ではお子様たちが座り込んで
徹底抗戦の構え…いやお絵かき中だもん。

Okzkjieys こちらは正面を取ることに成功。

大御所、徳川家康公なるぞ。

いやぁ天気よくて気持ち良いね家ちゃん。

…おい静かにしろ中学生。

青ジャージ備えの中学生部隊に敗走、少し静かなほうへ撤退。

Okzkjid と、井戸を発見。

家康産湯の井戸です。

岡崎城は天下人家康生誕の地。

歴史の一片に触れた思いですなぁ。

さらに城内をそぞろ歩きますと。

Okzkjisdn 本丸へ向かう石段。

ここは恐らく門があったと思われます。

雰囲気バッシバシ。

石垣も家康時代のものらしいです。

Okzkjisgk1 こちらは天守を取り囲む堀。

珍しく三日月形に湾曲しています。

武田築城術を彷彿とさせますな。
武田信玄と家康と言えば…
まぁそれについてはまた回を改めて。

Okzkjisgk2 荒々しい野面積みの石垣。
江戸城や仙台城なんかの近世城郭と違って
中世の城は荒々しい。かっこよい。

当時の三河は小国だったんで、築城に大金は
かけれません。自然の地形を上手に使って
堅固な城砦を作り上げました。見事だね。

堀、石垣と当時の遺構をたっぷりと堪能したら、いよいよ天守へ。

Okzkjtnsh こちらも名古屋城同様、昭和に再建されたもの。

外観は似せて作っていますが、
最上階に外回廊を設けたりなど
びみょーにアレンジされています。

内部は資料館になってました。

天守を見終え、先ほどの中学生の本陣あたりに戻ってみると。

げ、全員集合、整列。
総大将(引率の先生)が士気を高めんと弁舌をふるっているじゃないか。

たまらず公園内の「三河武士のやかた家康館」へ籠城。

Okzkjieyskrkr 家康館を堪能して外に出てみると。

ちょうどからくり時計の家康さんが
舞を披露してくれてました。

愛知県内には他に信長や秀吉などの
からくり時計もあるそうです。

たっぷりと尾張・三河を堪能して、初日終了。
この後、味噌カツとエビフライをたらふく食べましたとさ。
めでたしめでたし。

次回は、国宝ですよ奥さん。

今日の一曲:Brave/Marillion

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2009/05/12

尾張・三河・遠江探訪記~②

バトン4勝目、でもレッドブルがほぼ追いついたよね。
フェラーリもクルマは速くなってきたし。クルマは…

さて、名古屋城で徳川家の威光を堪能した私。
次は豊家!と意気込んで「秀吉清正記念館」に行こうとしたらなんと休館日。
ならば若き信長の居城、清洲城だ!と思ったけど、こちらも定休日…

城跡の定休日ってなんだよ!とつっこみつつ、仕方ないから予定を繰り上げ。
こういう下調べの甘い旅をいつまでも続けております。

Attjngtr んでやってきたのは熱田神宮。

信長が桶狭間合戦へ向かう途中で戦勝祈願の
ために立ち寄った由緒ある大宮ですな。

大鳥居と新緑のコントラストが雰囲気ビシビシ。
ヒンヤリとした境内を歩きます。

しかし!
あいにく本殿は修繕工事中のため、なんも見えねー。
幕で囲われちゃってさぁ。ツイてないわー。

Attjngnbngbi1 でもまぁお目当てはこっちだったので。

塀。

ただの塀と思うなかれ。
桶狭間で勝利した信長がご加護のお礼に
奉納した、その名も「信長塀」だ控えおろう。

Attjngnbngbi2 三十三間堂の太閤塀、西宮神社の大練塀と
共に「日本三塀」に数えられるそうで。

日本三塀なんてものがあるとは。
なんつーマニアックなカテゴリーだ。

でもその存在感はさすが。

熱田神宮でお参りしたら。
行くっきゃないでしょう桶狭間。
車内のBGMはもちろん「人間五十年~♪」の敦盛(ウソ)

Okhzm1 日本史上に残る奇襲戦(?)の舞台は
住宅地の中の小さな公園になってました。

駐車場も無くってねぇ、近くの銀行に
停めさせてもらったのは内緒。

ここもヒンヤリとしてて厳粛な雰囲気。

実は、桶狭間古戦場跡と言われている場所は2ヶ所あります。
もうひとつはここから数km離れたところ。

どちらが決戦地だったかは分かっていませんが、どっちも戦場だったんでしょう。
今川勢2万5千と織田勢3~4千がこんな小っさい公園には入りきらんもん。
今川勢は移動中だったことだし、戦線自体も数kmに伸びてたんじゃないかと。

Okhzmimgw でもこの公園には、今川義元の墓があります。
だから来たわけ。

京にかぶれ、寡兵の信長に敗れたため世間では
すっかり暗君扱いだけど、んなことはないんですぞ。

墓の下で泣いてるぞきっと。

ここ桶狭間で敗れる前の今川家は、駿河・三河・遠江を押さえていて、
国内最大勢力の一つであったことは間違いありません。
甲斐の武田信玄、相模の北条氏康というツワモノと互角の外交を繰り広げ、
後の天下人、三河の徳川家康を人質に取って隣国の押さえは万全。
とても暗君の立ち振る舞いじゃないですわな。

Okhzm2_2 そんな今川義元を討ち取ったんだから
やっぱり桶狭間での信長は神がかりだったのか。

あるいは義元に油断があったのか。
謎ですなー。

今はただ、古びた石碑が立つだけです。

次回はね、また城です。

今日の一曲:Revolution/The Beatles

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2009/05/10

尾張・三河・遠江探訪記~①

今週末はスペインGPでしたが、前回バーレーンGPの週末。
私は旅に出ておりました。

ETC¥1000の恩恵を利用してやってきたのは名古屋。

Ngyotmnさあ、本日の宿の入口にやってきました。

この大手門、元は江戸城より移築したものでしたが、
太平洋戦争時のメリケン空爆で消失。

現在は再建されたきれいな門が我々を迎えて
くれます。

チェックインのためにフロントを目指します。

Ngyhtjsryg 二の丸をずんずん進むと、まず見えてくるのが
この別館。本丸の西南に位置する未申櫓です。

濃尾地震で倒壊したものを復元したらしいです。
本丸周りは何故か空掘です。

高石垣がカッコイイですなぁー。

Ngyhtjsrhf この櫓、破風がめずらしい。
千鳥破風の下に唐破風がくっついてます。

御三家筆頭のメンツにかけて、
なんか変わったことをしたかったんでしょーか。

凝ってるね。

Ngyhmhr 未申櫓から表二の門方向を見るとこんな感じ。
深い堀と高い石垣が堅固さを物語りますな。

これぞ平城の醍醐味。
あ、平城ってのはですね、えーとそのうち説明します。

写真左下、堀の中では鹿を飼ってました。

どっかの誰かみたいにクルマで鹿をはねないように慎重し進みます。

Kymsishk フロントに着きました。

ベルボーイの加藤清正さんがこうやって
荷物を運んでくれます。
こんな大岩でも大丈夫。

キントウン式でスイーっと部屋まで。

Ngyttmyg 部屋に向かう途中に見える辰巳櫓。
本丸の東南に位置します。

こちらは戦災にも地震にも負けず、
築城時からがんばって残る本格派。

さぞやんごとなきお方が宿泊されるのでしょう。

Ngyttmhf_2 こちらの破風はノーマルな千鳥破風。
そのおかげで未申櫓よりシンプルな印象。

この出っ張った部分は「石落とし」なんて
呼ばれてまして、下部から石などを落として
お客様をオモテナシ致します。
私は今回は遠慮しときました。

Ngytnsh さあ本日のお部屋。大天守ですな。
ご存知の通り、鉄筋コンクリートの再建です。

しかし戦前まではこんな威容で江戸期建築が
そびえてたかと思うと、実に惜しい。

戦争が、戦争に踏み切った人々が憎い。

手前が工事現場っぽいのは、本丸御殿再建工事のため。
完成したらまた来よう。

Ngytnsh2 これだもん。

ひれ伏すしかないもん。

現存する姫路城や松本城の天守よりも
桁違いにデカイんですよこれが。
さすが御三家筆頭だわー。

Ngytnshisgk 天守の石垣なんてもうバギッと扇の勾配。
ブラボー加藤清正(天守の石垣担当でした)。

名古屋城がホテルだ、なんて無茶なテイで
書き進めてきたけど、もうそれどころじゃないの。

このオーバーハングの美しさ。

天守を越えてさらに西北に進みます。

Ngykysnk お目当ては清洲櫓。
本丸の西北を守る大きな櫓ですな。

しかし櫓というのは外部からの敵に備えるもの。
本丸内部から見てもあまり絵にならんのです。
しかたないので一度城から出て、外堀をグルッと
回って改めて櫓を拝むことに。

名古屋の5月は、東北人には暑い。
フィンランド人がマレーシアGPで玉のような汗をかくようなもん。違うか。

Ngymzhr 簡単に「外堀を回る」ったって
堀はこんなんだからね。

とにかく規模がデカイわけですよ。
東北にはこんな規模の城ってないもんなぁ。

カメが気持ち良さそうに泳いでましたよ。

Ngymzhr2 外堀から天守を見ると。

と、遠い…

攻めるのあきらめたくなりますな。

カメと戯れて撤退。

Ngykysyg んで清洲櫓に到着。
デカイです。

若かりし信長の居城だった清洲城の天守を
移築したものと伝えられてますが、違うんじゃ
ないかと思います。
層塔式で他の櫓と建築様式が似てるしねぇ。
おそらく、ここ名古屋城からみて清洲城は西北。
清洲方面を守る立派な櫓なんで、清洲櫓と呼ばれるようになったんじゃなかろうか。

と、こんな感じで今回の旅レポは進みますよ。
興味ないひとにはウンザリですねウケケケ。

今日の一曲:dancing days/Led Zeppelin

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2009/05/01

長編予告

Fuji ゴールデンウィークがやってきましたよ。
つーか、ちゃっかりもう入ってます私。なんと13連休。

実は前半でもう旅を済ませてきましてね。

今回の旅行記もエラク長くなりそうですよ奥さん。

今日は予告だけにとどめて、バギッと富士ちゃんの写真を載せておきましょー。

明日から実家帰ります。
本編はまた後ほどということで。でわでわ。

今日の一曲:Ten years gone/Led Zeppelin

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